amarido 雑記帖

日々思ったことを書いていこうと思います。

七本の松

 松の声を聴いたことがありますか。聴いたことがないと思っても仕方がありません。松の声はさらさらと響くので、ほとんどの人は風が枝の間を通り抜ける音と聞き違えてしまうのです。しかし、松の声は風の音よりももっと低く、太い弦を弾いたような音ですから、一度聴けるようになれば間違えることはありません。

 

 さて、いまわたしたちがいるところからずっと南の方に、美しい砂浜のある町がありました。その砂浜の砂は白く、ぴかぴかしていて、風に乗って砂が飛んでいくさまはまるで天使が吹くラッパのようでした。そのあたりではたいてい海は凪いでいて、ひたひたとした大きなゼリーのように見えました。そんな砂浜の、ちょっとした丘の上に、七本の松は立っていました。

 

 七本の松は兄弟でした。一番左が一番お兄ちゃん、一番右が一番弟でした。この松の兄弟は、毎日例の声でいろいろなことを互いに話しました。遠くに見える船の色や、とんびの飛び方や、自分の枝の形など、いろいろなことです。松の兄弟はとても幸せで、とても満足していました。

 

 ある日、そんな松の兄弟のところに女の子がやってきました。ひがんばな色の服を着て、小さないい匂いの麦わら帽子をかぶった女の子です。女の子は一番左のお兄ちゃん松の足もとに立つと、こう言いました。

「あなたはなにを見ているの?」

 お兄ちゃん松はこう答えました。「海も、砂浜も、空も、船も、とんびも、それから君も、すべてだよ。」

 

 女の子はちゃんと松の声が聴ける人間だったのです。女の子はその答えに満足し、二番目のお兄ちゃん松のところに行き、こうききました。

「あなたはなにを聴いているの?」

 二番目の松はこう答えました。「波の音も、砂の流れる音も、風の音も、船の汽笛も、とんびの声も、それから君の声も、すべてだよ。」

 

 女の子はひなげしの花のように笑いました。自分の声が松に聞こえているのがうれしいようでした。次は三番目の松のところに行き、こうたずねます。

「あなたはどんなかたちなの?」

 三番目のお兄ちゃん松はこう答えました。「かくかくで、ごつごつで、ちくちくだ。」

 

 女の子はすこし顔をしかめました。「それってわたしとちがうみたい。わたしはぴたぴたで、つるつるで、さらさらよ。」女の子は、そのままのしかめ顔で四番目の松のところに行きました。

「あなたは服を着替えないの?わたしは空いろの服と、月いろの服と、あと貝いろの服を着るわ。」

 四番目の松は途方にくれました。松はこれまで服というものを着たことがないからです。「服はないんだ。ずっといまのすがたのままさ。」

 しかし、女の子が不満げなのを見て、四番目の松はこう付け足しました。「でも空いろも、月いろも、貝いろも全部知っているよ。毎日見ているもの。」

 「そりゃあね。」と女の子は冷たく答えました。四番目の松はかわいそうに、さらに途方にくれました。

 

「あなたは海のむこうに行ったことはある?」と女の子は五番目の松にたずねます。「わたしは何度もあるわ。」

「ないよ。」と五番目の松は短く答えました。「どうしたって僕が行ったことがあるなんて思うんだい?」五番目の松はあきれたように言いました。

 

 女の子はもう笑いません。つんとした顔で六番目の松に近づき、こう言います。

「あなたはなんでったってここにずっと立って、毎日同じものを見たり聴いたりしているの?なにか新しいものを見たり聴いたりしたくないの?」

 六番目の松は答えません。何を言っても無駄だと思ったからです。女の子は六番目の松が何も答えなくても気にせず、一番右の、七番目の松に近づき、こう言います。

 

「あなたはなんのために生きているの?」

 七番目の松は何も答えません。松の声ではなく、風が枝の間を通り抜ける音がするだけです。女の子はふーっとため息をつくと、松の兄弟の元から去っていきました。

 

 でも本当は、七番目の松はこう言っていたのです。

「海と砂浜と空と、船ととんびと、僕たちと、それから君も、それはいちぶだけどすべてなんだよ。だから僕達はそのために生きているんだ。」

 残念ながら、女の子はもう松の声を聴けなくなってしまっていました。

 

 それから松の兄弟はあの素敵な声で、海と砂浜と空と船ととんびと一緒に歌いました。それはこの世のものとは思えないほど素晴らしい歌でした。

 

 あなたは松の声を聴いたことがありますか。もしまだなら注意深く聴いてみてください。そして実は、松でなくでも、すべてのものは声をもっているのですよ。

 

 

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以下のリンクを使ってWikipediaからランダムに単語を選び、その単語を種にして小説を書く取り組みです。基本的に選び直しはなしで、最初に出た単語を使います。あくまでインスピレーションなので、単語とは全く関係ない話になる可能性があります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Special:Randompage

 

今日の言葉はこれでした。(実際には海はなさそうです。)

七本松町 - Wikipedia